このまま歳を取って老けていくだけでもいいですか?
40歳くらいの時、職員証の写真を取り直す事になって、出来上がった写真を見て驚愕!
顔色がくすんでいて、シワが増え、ハリがなくなり、無理している感じが自分でもわかる「苦しそうな自分」がそこに写っていました。
幸せそうではなかったんです。率直に辛かった・・。
美容院で「私を見る人が不愉快にならない感じにしてもらえれば・・。」と頼んだ時、自分の良さが消えかかっていたことに気付くのです。
老けていく事を正当化する中年思考は潜り続けましたが、ありがたい事に数年後面白い角度からポジティブに展開していきます。
親戚の集合写真に太ったおばさんが写っていたのです。
これ、私・・・。「えええええー?!?!?!」
「このまま老けて行ったらいつか子どもの結婚式でめちゃくちゃ子どもに恥をかかせてしまう!」
外見だけの話だけではなく、にじみ出る「多幸感」を持ちたい!
「老けていく自分を許せないのであれば、老けなければいい!」
それは、この自分の肉体に対しても、魂に対しても礼儀であると思ったんです。
欲しいものを買って欲を満たす事も良いけれど、それよりも密度の濃い事。
自分の存在が、誰かの人生を動かす一滴になれればいいと、無意識にマインドセットされました。
数えられない程たくさんの患者さんと出会って気付いていた事は、生き様がその後
確実に人生のステージが変わっていくんだなぁと感じた時です。
あなたにはどんな「肩書」がありますか?
看護師の仕事が好きでずっと続けていきたいけれど、子どもを授かりたくて結婚。
仕事を辞めて妻や嫁、そして母として「それらしい振る舞い」を毎日がんばってきた。気付くと社会に取り残されていく焦り。
洗濯物を畳んでいる時、無意識に涙がこぼれた瞬間、心が満たされていない事に気付きます。
「このままじゃまずいまずい。自分の機嫌を取りながら生きよう」
自分が壊れてしまう前に、さぼることを優先し始めます。
母親なら手の込んだご飯を作らないといけないの?掃除は毎日しないといけないの?
看護師目線で最終考えることは、「これしなくても死なないら大丈夫!」
自分に与えられた肩書なんて、ただのグループ名なだけ。「私、がんばっちゃだめ!」
それからというもの、「それでいいんだよ」「そのままでいいんだよ」と自分も周りの人にもゆとりな気持ちで関わるようになりました。
自分が笑えるようになると、不思議とその周りの仲間はみんな幸せになる。
この関わり方は私の特技なのかも・・と感じる様になります。
「何者かになりたい欲」 大正解なんです!
そうはいっても今の私はただの人です。
看護師の仕事には「認定看護師」「専門看護師」「診療看護師」などの学びを深めた方々がいます。
40代の職員証写真で打ちのめされた私は、成長し続けたい欲が掻き立てられます。
そんな頃、同僚と将来のキャリアプランについて相談していました。
管理職になっていく人、認定や専門看護師などを目指す人、ずっと一般職員として現場で働く人。
その時、大学院卒で研究大好きな同僚に言われた言葉が刺さります。
「何について一生語り続けたいですか?」
目から鱗でした!それから探し始めます。
「これなら私が一番上手く語れる!」と思える、自分が好きでい続けられるフィールドがなにかを。
大学や大学院など教授に問い合わせたり見学に行ったりもしましたが、どれもしっくりきません。
そんな時、看護師とはまったく違う業種の方と接する機会がありました。
「ほぉー。看護師以外の仕事はできないと思い込んでいたかもしれない。」
そこから視野を広くしてあらゆる仕事の世界を調べ始めるわけです。
たどり着いたのが「弁護士になる!」でした。
その話はまた今度! 続く・・・。